ナザレン新報(2月号) 
 【Position】   Home--->>出版・刊行物--->>>新報一覧--->>>>ナザレン新報(2015/2)
 ナザレン新報 2月号の記事から

ここでは 「ナザレン新報」から 記事を抜粋、紹介します。

巻頭言     地の塩     教団往来    その他の記事リストはこちら
巻頭言  2015年 2月号

 久しぶりに母教会での礼拝に出席した折のことです。その教会では説教前にいろいろなグループによる賛美があります。その日は60才以上の女性による賛美でした。15名ほどの人数だったと思いますが、半分ほどが杖を使われたり補聴器をかけながらゆっくりした足どりという70代・80代の方々でした。壮年会にも70代・80代はいらっしゃるのでしょうが、女性よりはるかに少ないと思われます。ほとんどの教会は女性が多いと思いますが、年齢が進むとますます女性の割合は高くなるのでしょう。
 全体的に高齢化が進み、それに伴う課題は高齢者本人や家族にとって実に悩ましく切実なものです。実際そこに身を置いて初めてわかることや、行き詰まりおろおろする現実があります。誰もが手厚く手当てしてもらえるものではありません。そしてそれは年を追うごとに厳しくなることは目に見えています。しかし先のメンバーの方々が互いに手を引き腕をとり、杖を手にしながら隣の人の新聖歌を開くのを手伝い、支え合う姿はとても美しいものでした。また既に各教会では高齢者に対する配慮や手助けもなされていると思います。
 さて、この賛美をなさる方々を見ていて、少しお若い頃のおひとりおひとりを思い出しました。おいしい食事を作って下さったり、子どもたちに賛美の指導をなさったり、お年寄りや病人を見舞ったり、お花を生けて下さったり、教会や教団のために祈って下さった方々です。体の力はその頃のようにはいかないでしょうが、今なお喜んで主に仕えておられます。
 聖書の中の女性たちを思い起こしながら、教会の働きはこのような方々に支えられ続けていることを確認し、自らの年齢も思わされた母教会での礼拝の時でした。
 昨年12月には衆議院議員選がありました。大きな選挙がありますとなぜだか女性候補者が話題になることが多いです。その内容はといいますと政治的姿勢、信条等と全く関係のないものがほとんどです。
 一方で最近の日本政府は「女性」の何割登用ということをさかんに言うというおもしろい国です。女性の登用にこれだけの枠を用意しますということ自体、女性以外の人たちが支えてあげている感があると思うのは考えすぎでしょうか。
 教会や女性会では皆さんそんなに遠慮することなく発言なさると思いますが、教団全体の場となると遠慮してしまうという方もおありかと思います。聖書を読むということにおいても、クリスチャンは女性の視点ではない読み方に慣らされているところがあるように思います。性別に限らず、私たちには神から与えられている特性があります。それぞれの特性の視点で読み、聴き分かち合うことによって気づかされることや疑問があります。それが私たちをより深く豊かな聖書理解へと導いてくれます。
 教会や教団、この国の進む方向や歩みについても与えられている特性の視点をもって見、学び考えて発信していくものでありたいと思います。教団は多くの課題をかかえていますが、違いを持ちながらも聖霊による深い一致によって責任を果たしていきましょう。
   (以上)


 地の塩  (2015/2)
別府教会 小川 勝則牧師

▼昨年末に行われた衆院選で「アベノミクス」を旗頭に選挙戦を繰り広げた自民党が与党の座を確実なものにした。しかし日本の経済基盤を堅固なものにする前に考えなければならない基本的概念(集団的自衛権、特定秘密保護法から生じる基本的人権の問題)の問題を日本国は後回しにしてしまった。結果、戦争参戦への右極化が限りない異臭として漂ってくる。▼今月は「信教の自由」を考える月である。このことは前に記すこととは無関係ではありえない。信教の自由が保障されるためには、結社の自由・言論の自由・国民の総意を反映する公的情報の開示が基本的になければならない。前述の選挙の結果、善良な判断がなされなかったことに危機感を覚える。ひいては原発の問題は全く解決の糸口さえ見出せずくすぶり続けている。エゼキエルが預言する言葉に耳を傾けたい。「平和がないのに、彼らが『平和だ』と言ってわたしの民を惑わすのは、壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ。」(エゼキエル 13:10)
 教団往来  (2015/2)

《2月の教団の動きから》
【全般・共通】
 ・2日(月)  神学校卒論発表会・進級判定面接
    (以上)



↑  このページの先頭に戻る







































end