ナザレン新報(1月号) 
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 ナザレン新報 1月号の記事から

ここでは 「ナザレン新報」から 記事を抜粋、紹介します。

巻頭言     地の塩     教団往来    その他の記事リストはこちら
巻頭言  2015年 1月号

 全ナザレン教会の兄弟姉妹の皆さま、新年おめでとうございます。主キリストの恵みの内に新たな年の歩みを始めることができますことを、神に感謝します。
 昨年末におこなわれた衆議院選挙の結果をどう受け止めたかは、人それぞれでしょう。政治的立場の違いは別として、今回の選挙から、わたしたちは二つの事実を数字として突きつけられたと思います。一つは投票率の異常と言うべき低さです。52%そこそこでは、有権者の半数が今回の結果に関与していないことになります。その意味をどう解釈するべきでしょうか。わたしは、多くの人が自分の世界に引きこもり、この社会の問題や課題に無関心になってしまっているのだと思います。自分が何か言ったり行動したりしても世界は何も変わらないというあきらめ感に捕らわれているのです。運命論、しかも悪い意味での運命論が多くの人の精神を蝕み、それが現在の社会が抱えている問題や課題に対する無関心を広げているのではないでしょうか。 もう一つの問題は人々の第一の関心事が経済になっていることです。今回の選挙は、日本という国家、そしてわたしたちや子どもたちの未来がどこへ向かうかの方向性を定める、理念と思想の分岐点でした。ところが、本当は最も重要な選択が優先順位を下げられ、経済の回復への期待が多くの人の最大関心事であることが示されました。この結果が何をもたらすかは、ここ一、二年の内に次々とあからさまになって来ることでしょう。
 これからの時代に日本のキリスト者は、信仰的理念と確信をいっそう明確に自覚し、それを表明することが必要です。日本でキリスト者は人口比0.8%に過ぎません。しかし、主イエス・キリストは神の国を「からし種」「パン種」にたとえました。ごくわずかな存在が、全体に作用し、その役目を果たすということです。また「あなたがたは地の塩」と言われました。わずかな存在が全体に意味を持つのです。わたしたちは今、戦後二十年あまりの間にキリスト者となった多くの方たちを御国に送りつつあります。そのため一時的に、日本のキリスト者人口は大きく減少することでしょう。しかし、それでわたしたちが意気消沈させられたり、あきらめ感に捕らわれることは間違いです。わたしたちの為すべきことはただ一つ。時が良くても悪くても、御言葉を宣べ伝えることです。その結果は、神ご自身が招いて下さることを信じます。
 新しい年のはじめにあたり、わたしたちは今一度、日本ナザレン教団宣教宣言「喜びをもって主に仕え」の精神に立ち帰ろうではありませんか。
 「わたしたちはこの世の支配者、権力者の側にではなく、主キリストに倣って、弱い者、小さい者の側に立ち、平和の福音の使者となります。
 わたしたちは、この福音宣教のわざにあずかる者とされたことを主に感謝し、喜びをもって主に仕えることを、ここに宣言します。」
 主キリストの恵みと平和が、この一年も皆さまと共に豊かにありますよう、お祈りいたします。
   (以上)


 地の塩  (2015/1)
別府教会 小川 勝則牧師

▼「若気の至り」という言葉がある。決していい意味では使われないのだが、この言葉を使ってしまうほどの若者がいなくなった。どこかできあがってしまい、小さな枠を作りそこでまとまってしまっている。そこから一歩外へ出ようない若者が多くなった。この枠の向こうに若者が追い求めるべき夢が広がっている。荒削りで大胆不敵、礼儀知らずで常識に欠けていても若いからこそ許される。若者でなければ言えぬことできぬことがある。▼そこに見るべき夢の発端がある。聖書の中のヨセフは「夢を見る人」と言われた。度肝を抜くような夢を語り兄たちの怒りを買った。狡猾な計略で親の愛情を独り占めにする。手もつけられない「ヤンチャな若者」であった。しかしそんな大胆なところから決して順調な人生ではなかったが、夢は現実となり、最終的にエジプトの宰相の座まで上り詰めるのである。▼現実若者にとって厳しい生活を強いられるが、だからこそ信仰をもって夢を見てほしい。
 教団往来  (2015/1)

《1月の教団の動きから》
【全般・共通】
・26日(月) 教団理事会 (於 晴海グランドホテル)
・27日(火)〜28日(水) 年会評議会 (於 晴海グランドホテル)
  (以上)



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