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ふくいん(1月号) | |||||
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| ふくいん 1月号の記事から | ||||||
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ここでは 月刊誌 「ふくいん」から 記事を抜粋、紹介します。 | |||||
| 今月のふくいんメッセージ (2012/1) |
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| 学園教会牧師 久米 淳嗣 | ||||||
コワレモノはタカラモノ 見よ、新しいことをわたしは行う。 今や、それは芽生えている。 あなたたちはそれを悟らないのか。 わたしは荒れ野に道を敷き 砂漠に大河を流れさせる。 (イザヤ書43章13節) 「パパ、どうして動かないのかな」 息子は教会のバザー前日の準備の時から、出品されていた小さなラジコンカーが気に入って買うのを楽しみにしていました。当日も朝早くからお小遣いを握り締めて、ラジコンの周りをウロウロ。ついに開場と同時に走っていってラジコンを手に入れました。それはもう喜んで、箱から取り出し、スイッチオン! ところが動きません。 電池を入れ替えたり、あれこれ試みても、うんともすんとも言わないラジコンを手に、どうして動かないのかと息子は父親に尋ねるのでした。そんな姿を見て、すぐに新しい物を買ってあげようかと考えてしまう、そんな私とは正反対に妻は諦めませんでした。ラジコンをよくよく調べ、一晩のうちに修理して動かすことができたのです。 普段、教会で聖書の話をする父親よりも、母親の振る舞いは遥かに雄弁に神の愛について語っています。神は壊れたモノを見捨てず、再起させてくださるお方だと。 この世界は挫折した人や壊れてしまった者の人生に対して、君の代わりはいくらでもいるよ、と切り捨てしまいます。まるで、すぐに新品を買いに走ろうとした私のように。逆にガッカリした息子が寝ている間も、だまってラジコンをいじる母親は、人間の思いを遥かに超えた神の姿に近いのだと思います。壊れた者も私の眼には宝物だ、と語る神の姿に。 昨年、私たちの暮らす国は大きな痛みを経験しました。まだ、その傷は癒えていません。被災地の復興への道のりの困難さ、深刻さを増すばかりの放射能汚染や経済と政治の混乱は、世界が壊れていくような感覚を起こさせます。心や体も故障してしまうことは珍しくありません。けれども年のはじまりに思い起こしましょう。壊れモノを見捨てず、再起させてくださる神を。「どうして動けないのかな」と人生の足踏みや挫折、複雑な人間関係の中で身動きが取れない私たちを見守る存在を。新しく迎えたこの年は、修理しようと懸命に愛情を注ぐ神の思いに気付き、私たちが動き出す時となりますように。 あ、ラジコンを出品された方。これを読んで気を悪くされないでくださいね。あなたのラジコンが私と息子に神の愛を教えてくれたのですから。壊れ物は宝物でした。 (以上) |
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